彩都山口

彩都山口 vol.6

山口の四季、オムニバス 室町時代、京を模して作られたという山口は、豊かな自然と歴史に抱かれたまち。自然や歴史と人々が優しく共存し続けてきたまちです。 一の坂川をはじめ市内の各所をゆっくり歩けば、春夏秋冬それぞれの風情に優しく包み込まれるでしょう。魅力の奥には、人々が大切に育み、受け継いできた小さな物語も秘められています。まちをめぐり、山口の四季を支えるオムニバスをあなたの目と足、そして心で味わってみませんか?山口の四季は、一の坂川の桜で幕を開けます。川沿いを歩けば桜の息づかいが…

 

春 山口の四季は、一の坂川の桜で幕を開けます。

川沿いを歩けば桜の息づかいが…

川沿いを歩けば桜の息づかいが…

 桜の名所は数々あれど、ここ一の坂川の桜並木には、格別の魅力があります。それは、せせらぎと桜との調和。散策に程よい距離の川沿いに続く並木が、季節ともなれば蕾から三分咲き、五分咲きを経て満開へ…と日々、水辺の景色の変化を楽しませてくれます。手を伸ばせば触れられるほどの高さに咲く花の形に見入ったり、あちこちに架かる小さな橋や国宝・瑠璃光寺五重塔が見える場所、放浪の俳人・山頭火の句碑など、それぞれの地点からの桜景色を見比べながら巡るのも一興。ライトアップされた夜桜もロマンチックです。

鴨川に見立てられた川が人々と共に歴史を重ねて

 山口市の中心部を流れるこの川は、室町時代に京を模して町づくりが行われた際、鴨川に見立てられました。以来、この川は常に地元の人々の暮らしと共にあったのです。桜の木が一の坂川の川縁に現在のような並木の形で植えられたのは、大正3年(1914)、大正天皇の即位を記念してのことでした。その桜が育って最盛期を迎えた昭和初期の夏には、地元の人々は柄杓で川の水を汲み、道路に打ち水をしていたといいます。この町では、川も桜も遠くからただ眺めるだけではなく、常に身近に寄り添い合って生きる存在だったのです。

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大正時代、桜が植えられた頃の一の坂川を写した古い絵葉書(個人蔵)。桜の幹がまだ細く、若木であることがうかがえる。河川改修以前は川底が浅く、浸水被害が繰り返された状況を察することができる。

川も桜も、地域の人々が守り、育てた

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葉桜の後、ゴールデンウィークにはツツジが咲く。昭和34年(1959)の皇太子殿下(今上天皇)のご成婚を祝って植えられた。その当時から川の清掃、環境美化活動が進み、昭和38年(1963)の山口国体の際の美化活動を経て、現在も一の坂川風致保全協議会らが一帯を美しく保つ活動を続けている。

 桜の寿命はおよそ60〜70年。大正の桜が老境期に入った昭和40年代、一の坂川では護岸工事が行われました。水害から人命や住居を守る工事は、もちろん最優先の不可欠事業。けれど、桜並木に慣れ親しんで来た地元の人々の「桜が咲く、この川がいい」という声も取り入れられました。工事の際、老木となった桜を抜き去った跡に、再び新たな桜苗木が植えられたのです。

 それから約40年、二代目の桜たちが円熟期を迎えた一の坂川には、毎年、絢爛たる春が訪れます。この並木は、地域の人々が跡目相続させた桜…と知れば、満開時のそぞろ歩きの感慨もひとしお。そして、花吹雪が舞い、その花びらが川面を埋め尽くす花筏まで、川と桜のコラボを楽しめます。川沿いを歩くとき、桜もまた「この川が、いい」と言っている声が、きっと聞こえてくるはずです。

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